「4ヶ月の乗船勤務。その幕開けは、優雅な空の旅からです。」
数か月の長い休暇の後の勤務はだれしもつらい気持ちが大きくなります。しかし、乗船時の唯一の楽しみといってもいい飛行機のビジネスクラスの搭乗があります。
今回は、大手海運会社勤務の二等航海士である私が、欧州の乗船地までの移動の様子と万全の状態で乗船するためのルーティーンをレポート。ビジネスクラスの様子や、長距離移動で疲れないための「船乗りの知恵」を紹介します。
大手外航船員はビジネスクラスで移動する?
結論から言うと、大手なら若手士官でも長距離フライトは「ビジネスクラス」の可能性大です。
私のような日本の大手海運三社(邦船三社)勤務の場合、日本人士官(航海士・機関士)の欧州・北米・中東など長距離移動におけるビジネスクラス利用は、もはや「一般的」と言えます。
しかし、ここは会社選びの重要なポイントです。 大学の同期に聞いた話では、「船機長のみビジネスクラスで、若手士官はエコノミー」という会社も少なくないようです。この待遇の差は、正直かなり大きいです。
これから就職活動をする学生さんは、企業説明会やOB訪問で「士官の移動クラスに関する規定」を質問してみるのも良いでしょう。「聞きにくい」と思うかもしれませんが、働く環境として非常に重要な要素です。
なぜ会社は若手に高いコストをかけるのか?
単なる贅沢ではありません。これは「安全への投資」なんです。
- 長時間のフライトによる体力の消耗を防ぐ。
- 時差ボケを最小限に抑える。
船に到着したその瞬間から、限られた時間で前任者との「引継ぎ」を行い、すぐに当直業務が始まります。万全の状態で業務に入ってもらうために、会社は高いチケット代を払ってくれているのです。これには本当に感謝しかありませんし、その分「しっかり仕事をしよう」というモチベーションにも繋がります。今回私が乗船した際も、引継ぎをしたのは2時間程度で前任者はすぐ下船してしまいました。
この「特急券」を手にする条件
当然ですが、待遇の良い会社は入社難易度も高いです。 そこで勝ち抜くための最強の武器が、在学中の「海技士試験」合格です。
「ビジネスクラスで世界を飛び回る航海士になりたい」 そんな不純な動機でも構いません。まずは試験を突破しましょう。そのための効率的な勉強法は、以下の記事ですべて公開しています。
2. 出国前の「デジタル準備」ルーティン
荷造りと同じくらい重要なのが、スマホの中身の準備です。 現地に着いた瞬間、ネットが繋がらなかったり、トラブルが起きたりしても「詰まない」状態にしておくこと。これが航海士のリスク管理です。
私が必ずやっている設定は以下の通りです。
1. 「オフライン」で使える命綱を用意する
現地でSIMがうまく繋がらない、Wi-Fiが飛んでいない。そんな時でも動けるように、以下のアプリは日本で準備しておきます。
- Googleマップ(オフラインマップ):
- 乗船地周辺のエリアを事前にダウンロードしておきます。これでネットなしでもGPSだけでホテルまでナビが可能です。ホテルや主要施設もチェックしておくと現地で慌てなくて済みます。
- Bolt/Uber(配車アプリ):
- 欧州ではUberよりBoltが主流の国も多いです。クレカ登録まで日本で済ませておけば、空港からボッタクリタクシーに乗らずに済みます。この二つのアプリがあればほとんどの国で対応できます。基本は代理店の車の移動になると思いますが、急にフリーな時間ができて観光できることもあるので用意していて損はないでしょう。クレジットカードの登録はSMS認証などもあるので、必ず日本で用意しておくことをお勧めします。
- 翻訳アプリ(Google翻訳 / DeepL):
- 現地語の辞書データをダウンロード。「オフライン翻訳」ができるようにしておきます。辺鄙なところへ行くと英語が通じない場合のもしばしばあります。
出国前の心得: 「現地で通信できなくても何とかなる」状態を作っておくのがプロのリスク管理。海の上でも陸の上でも、最悪のケースを想定して準備します。
2. 通信手段の確保(楽天モバイル・Airalo)
もちろん、ネットが繋がるに越したことはありません。 私は海外ローミングが2GBまで無料の楽天モバイルをメインにしつつ、足りない場合はAiralo(eSIM)を買い足しています。
外航船員の通信事情や、おすすめのSIM設定については、以前徹底検証したこちらの記事を参考にしてください。
3. マイルは「給与の一部」と思え!
ここからは「財テク」の話です。 会社持ちのフライトであっても、個人のマイレージバンクにマイルを貯めることは認められている場合がほとんどです。これを捨ててはいけません。空港についてチェックインのカウンターで登録することができます。
- JALマイレージバンク(JMB): ワンワールド加盟店や、今回のエミレーツ航空で貯まります。
- ANAマイレージクラブ(AMC): スターアライアンス(ルフトハンザ、ユナイテッド、シンガポール航空など)で貯まります。
会社がどの航空会社を手配するかは直前まで分からないため、必ず両方のアプリ(会員番号)を用意しておきましょう。
【衝撃】今回のフライトで貯まるマイル試算 今回の「関空ードバイー欧州」の片道(ビジネスクラス)で、どれくらいマイルが貯まるか計算してみました。
- 区間マイル(片道): 約8,500マイル
- ビジネスクラス積算率: 125%(運賃種別による目安)
- 獲得マイル(片道):約10,625マイル
なんと、片道の乗船移動だけで「国内線の往復特典航空券(約10,000〜12,000マイル相当)」が手に入ります。 往復なら20,000マイル超え。休暇中に家族で北海道旅行に行けてしまうレベルです。これが「大手外航船員」の隠れた福利厚生と言えるでしょう。
3. 【関空攻略】深夜便の鉄則は「乗る前に整える」
23時ごろ発の深夜便。ここで何も考えずに飛行機に乗ると、体内時計が狂って欧州到着後に地獄を見ます。 私が実践している「出発直前の3つのルーティン」を紹介します。
1. 食事:機内食はパスして「地上」で済ませる
深夜便の機内食は、離陸後(深夜0時過ぎ)に出てきます。これをガッツリ食べてしまうと、胃がもたれて睡眠の質が下がります。ラウンジはビュッフェスタイルで無料で飲食できるので、空港にはチェックイン開始から早めに手続きしてゆっくり過ごすのがおすすめです
私は、ラウンジでしっかり夕食を摂り、機内では「寝る」ことにフルコミットします。機内食もビジネスクラスとは言えども、正直微妙な航空会社もあります。あまり期待せず、おいしいものが出てきたらラッキー程度に考えておけば良いでしょう。

▲KIXラウンジの食事。和食・洋食が20種類ほどあり、ホテルビュッフェ並みのクオリティ。カレーとサラダで腹8分目に調整しました。
2. シャワー:20時間風呂に入れない覚悟をせよ
ここが一番重要です。 関空を出てドバイを経由し、欧州のホテルに着くまで約20時間はシャワーを浴びられません。
ベタつく体で飛行機に乗るのはストレスの元。空港までの移動で汗ばむので私は必ず搭乗前にシャワーを浴びます。 ラウンジのシャワールームは完全個室。タオル、シャンプー、ボディソープ完備で手ぶらでOKでした。オートロックで女性でも安心です。

▲清潔感あふれるシャワールーム。ここでリフレッシュして、着替えてから機内へ向かうのがGood。
荷物を置くスペースも十分にあるので、一人でも安心です。
3. 時差調整:カフェイン・断ち
飛行機の乗り継ぎがある場合は飛行機に乗ってすぐに時計を到着地の時刻に合わせます。飛行機の到着時刻からが逆算して、仮眠や軽食のタイミングを調整しましょう。
日本時間の23時は、ドバイの午後18時(現地時間)。これから飛行機に乗ってから、いつでも仮眠できるようにカフェインは控えるようにします。今回であれば、飛行機に乗ってすぐ寝てしまうと、現地時間では少し早寝過ぎてしまうので、映画を一本見て仮眠時間を調整します。
【学生・若手へ】エコノミークラスでも使える「ラウンジ・シャワー」攻略
「ビジネスクラスじゃないから無理…」と諦めるのはまだ早いです。 学生や若手船員でも使える、関空の「神スポット」があります。
1. 最強の休憩所「KIXエアポートカフェラウンジ NODOKA」
第1ターミナル直結の「エアロプラザ」2階にあるラウンジです。ここが凄い理由は3つ。
- シャワーがある: 追加料金なし(プランによる)で浴びられます。
- ゴロ寝ができる: 芝生エリアやリクライニング席があり、仮眠に最適。
- 特定のカードで無料: 楽天プレミアムカードなどの「ゴールドカード」と当日の航空券があれば、2時間無料で使えます。
2. カードがない場合の「有料シャワー」
カードがなくても、国際線ゲートエリア(出国後)の中央付近に、24時間使えるコインシャワー(15分600円〜)があります。 1,000円以下で20時間の快適さが買えるなら、絶対に投資すべきです。
3. 食事は「とんかつKYK」かコンビニで
出国エリア内のレストランは高いです。節約派は、保安検査場を通る前の「一般エリア(2F/3F)」にあるレストラン街やコンビニで腹ごしらえを済ませておきましょう。 おにぎりやパンを1つカバンに入れておくと、ドバイの乗り継ぎ待ちで小腹が空いた時に役立ちます。
【搭乗記】上空1万メートルのホテル。エミレーツ航空ビジネスクラスの実力
いよいよ搭乗です。 今回の機材はB777-300ER。ドアを抜けた瞬間から、そこはもう「空飛ぶホテル」でした。
1. 座席:フルフラットで「完全な睡眠」を確保
シートは当然のフルフラット。 CAさんがマットレスを敷いてくれて、布団をかぶれば、家のベッドと変わらない寝心地です。

狭いエコノミーで10時間耐えるのと、足を伸ばして熟睡するのでは、到着後のパフォーマンスが雲泥の差です。
2. アメニティ:BVLGARI(ブルガリ)は妻への「お土産」に
配られたアメニティポーチを見て驚きました。なんとBVLGARI(ブルガリ)とのコラボです。 中には髭剃りなど必要なものは一通りそろっていました。
ポーチのデザインもよかったので、そのまま持ち帰って妻への「お土産」にします。中身は男性向けのものもありますが、実際使わなくても話のネタとして妻に持ち帰るとなかなかウケます。また、好待遇を受けていることを妻が知ることで船乗りとしての働き方をサポートしてもらいやすくなります。

4ヶ月も家を空けるわけですから、こうした小さなお土産で「家族ポイント」を稼いでおくのも、長く船乗りを続けるための重要なマネジメント(?)です。
3. 機内エンタメ:『アバター』で親心を再確認
ビジネスクラスでは軽食をいつでも注文できるので今回はビーフサンドを食べました。

軽食の後は、映画『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』を視聴しました。 前作を見たときは学生でしたが、今は自分も親となり、娘がいます。
「家族を守るために戦う」主人公の姿。 かつては戦闘シーンの爽快感ばかり見ていましたが、今回は「親としての責任と恐怖」に強く感情移入してしまいました。これから4ヶ月、離れて暮らす家族のために頑張ろうと、改めて気合が入りました。
端末にダウンロードしている動画は乗船したあとに温存するため、機内サービスの映画を観るのもおすすめです。
4. 必須装備:エンジン音を消す「ノイズキャンセリング」
映画の後は、アイマスクをして就寝。5時間ほどの仮眠をとりました。 ここで、機内で配られるヘッドホンではなく、持参した「ノイズキャンセリングイヤホン」を使います。ここも私がイヤホンではなく(ノイズキャンセリング)ヘッドホンをを推奨する理由です。ヘッドフォンであれば飛行機で専用のステレオ出力でノイズキャンセリング機能を使うことでかなり快適になります。
実はこれ、飛行機だけでなく船内生活でも必須アイテムなんです。
船の居室は、24時間エンジンの振動や騒音が響いています。 質の高い睡眠をとるため、あるいは勉強に集中するために、「音を遮断する環境」への投資は絶対にケチってはいけません。
私が愛用しているのはこちら。飛行機の轟音もスッと消えて、静寂の中で眠れます。
5.仮眠から着陸へ
仮眠をとった後は現地時間の早朝に着陸するので早めの朝食がありました。次の食事がトランジット後の欧州向けの便まで食事がとれないのでここでしっかり食べてきます。この朝食ではコーヒーも飲んで目を覚ましておきます。

【ドバイ】石油王の国は「バス」も格が違う
約11時間のフライトを終え、早朝のドバイに到着。
ここで次の欧州行きに乗り継ぎますが、そのスケールに圧倒されました。
1. ラウンジから搭乗ゲートへ直結!?
エミレーツ航空のビジネスラウンジは「フロアの5階すべて」がラウンジになっていました。もちろん食事やソファーなども用意されていてくつろげます。驚いたのは、ラウンジ内の専用エレベーターから、そのまま搭乗ゲートへ直結していること。一般客とは導線が完全に分けられています。
さらに、ゲートから飛行機まではバス移動でしたが、ここでも「ビジネスクラス専用バス」が登場。
全員がゆったり座れる革張りシート仕様です。

滑走路にズラリと並ぶエミレーツの巨大な機体群を眺めながら、「世界にはこんな規模の会社があるのか」と、いち船乗りとして刺激を受けました。
2. 機内食と映画で学ぶ「チームマネジメント」
ドバイから欧州へのフライトでは、少し視点を変えて過ごしました。
サービス: 男性CAが中心。余計な気遣いはなく、淡々と、しかし完璧に仕事をこなす「プロのホテルマン」のような対応。これはこれで仕事がしやすくて好感が持てました。
機内食(アラビア料理): 「Traditional Arabic mezze」を選択。トマトペーストやオリーブオイルは美味ですが、冷たい料理なので日本人は好みが分かれるかも?メインの牛フィレ肉は柔らかくて絶品でした。
映画『グランメゾン・パリ』からの学び
機内で視聴した木村拓哉さん主演のこの映画。
「三つ星」を目指して迷走する主人公が、最終的に「多国籍なメンバーの個性を引き出し、チームとしてまとめる」ことで成功を掴むストーリーです。
これを見て、ハッとしました。「これ、船のブリッジ(船橋)と同じだ」と。
私たち航海士も、フィリピン人やインド人など多国籍なクルーを指揮し、信頼関係を築くことで「安全運航」という星を掴み取ります。一方的に文化や考え方を押し付けるのではなく、メンバー一人一人の力を最大限引き出すことが成功(安全)につながるのではないかと改めて思い返しました。
【注意】リスボン到着!初心者がハマる「2つの罠」
現地時間12:00、無事に乗船地へ到着。
ここで、これから海外乗船する皆さんに共有しておきたい「トラブル事例」が2つ発生しました。
トラブル①:自動ゲートでエラー発生
基本的にはパスポートをかざすだけの自動ゲートですが、私と同乗の3/E(三等機関士)だけエラーで弾かれました。海外旅行では止められることは基本的にないと思いますが、乗下船旅行では止められることはよくあります。
対処法:
焦らず有人の窓口へ。「Seaman(船員)として乗船しに来た」と説明し、パスポートにスタンプをもらえばOKです。補足情報として代理店の連絡先や宿泊先の情報、いつまで滞在するのかなど聞かれるので、準備しておいたほうがいいでしょう。
こういう時、中学レベルでも良いので「英語で事情を説明する度胸」がないと立ち往生します。トラブルはあるものだと思って心の準備をしましょう。
トラブル②:預けた荷物が出てこない事件
ターンテーブルでスーツケースはすぐ出てきたのですが、もう一つ預けていた「3COINSのビニールバッグ」がいつまで経っても出てきません。
ロストバゲージか…?と焦りましたが、原因は別にありました。
結論:「イレギュラー(規格外)手荷物レーン」に流されていた。
3COINSなどの柔らかいビニールバッグや、形状が特殊な荷物は、通常のレーンではなく「Oversized / Irregular Baggage」という別の場所から出てくることが多いです。
これを知らないと、「荷物がない!」とパニックになります。ビジネスクラスは空港によっては早めに荷物が流れてくるので、もしいつまでたっても流れてこない場合はほかのところに流れているかもと想定したほうがいいでしょう。
教訓:
安くて大容量、船乗りの神アイテムである「3COINSバッグ」ですが、空港では「規格外」扱いされる可能性があると覚えておきましょう。
無事に荷物を回収し、代理店と合流。スタバで記念のマグカップを買って、いざ本船へ向かいます。
7. まとめ:移動も「仕事」の一部。万全の準備で荒波へ
長い休暇を終えての乗船は、誰だって足取りが重くなるものです。しかし、今回ご紹介したような「ビジネスクラスでの移動」や「マイルの獲得」、そして「徹底した事前準備」をルーティン化することで、その心理的ハードルはぐっと下がります。
今回のポイントを振り返ると:
- 待遇は「安全」のため: ビジネスクラスは贅沢ではなく、即戦力として働くための「コンディショニング」である。
- リスク管理は地上から: オフラインマップや配車アプリ、荷物のトラブル対策など、最悪を想定する姿勢がプロの航海士。
- 賢く稼ぐ: 会社手配のフライトでもマイルは個人の資産。これを知っているかどうかで、休暇の充実度が変わる。
「これから海運業界を目指す学生さんへ」 この世界には、責任と引き換えに、他の職業では味わえないダイナミックな経験と手厚い待遇が待っています。まずは目の前の海技士試験を突破し、この「ビジネス航空券」という名のチケットをその手で掴み取ってください。
さあ、私もこれから4ヶ月、多国籍な仲間たちとワンチームで安全運航に努めてきます。 それでは、次回の記事(または本船)でお会いしましょう。ご安航を!





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